七夕 伝説 中国

七夕の伝説とは!中国から入ってきた年に1度のロマンの伝承

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今日は、七夕の伝説について書いていきたいと思います。みなさんも気になったことありませんか?!

七夕というと日本の古代独自の節句だと思われる方が多いかもしれませんが、七夕は中国や
韓国、ベトナムでも行われている行事です。

七夕の伝説には様々な説があり、各国いろいろな伝承が入り混じりそれぞれの七夕の形になったようです。

日本の七夕は、中国から奈良時代に伝わったといわれています。つまり七夕の伝説の発祥地は、日本ではなく中国ということです。

そしてまたこの中国の七夕伝説というのは、牽牛(けんぎゅう)と織女(おりひめ)の互いを思い合う気持ちから始まったロマンだったのです。

そういったことが七夕の始まりということで、七夕の伝説の簡単なまとめをご覧ください。

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中国の七夕伝説

今から約2000年も前の漢の時代の中国の七夕伝説です。

牽牛(けんぎゅう)という、牛飼いのとてもまじめでよく働く青年がいました(牽牛とは一般的に彦星と呼ばれています)

そして織女(おりめ)という天帝の子供がいました。この織女は、お姫様ですが機織を生業としていました。

中国は、女性も働くという風習があり、お姫様といえども働くのが当たり前でありました。

織った布は、身内などに献上するもので、けっして商業として売ったりはしませんが、機織も仕事です。

 

やがてその牽牛と織女は恋愛し結婚をします。しかし織女は、牽牛のことばかり思うが故に、結婚してからというもの機織をさぼるようになりました。

それを知った天帝は怒り、織女を実家に軟禁してしまいます。

そして、織女と会えなくなった牽牛は、神様に織女と会わせて欲しいと、短冊に毎日願い事を書き、お願いをしました。

七夕 伝説 中国

その願いが通じたのか、年に1回だけ会うことができるようになりました。

それが「短冊にお願い事を書くと天帝が叶えてくれる」という言い伝えの始まりです。

 

 

以上が、中国の七夕の伝説です。

この七夕の伝説により、中国では「恋人の日」として七夕は盛大に行われる大きなイベントとなりました。

未婚者も既婚者も、公に愛を囁くことができる唯一の日となったとのことです。

 

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日本の七夕

中国の七夕の伝説が、現代の日本の七夕と結びついたのは、南北朝時代に編集された歳時記(さいじき)からということです。

歳時記とは四季の出来事や年中行事をまとめたもので、奈良時代に中国から日本に伝来しました。

 

現在の日本の七夕というと、神様の怒りをかった離れ離れになった恋人の織女と牽牛(彦星)が
年に1度だけ、天の川で会える日、という認識の人が多いかと思います。

そして、日本の七夕では笹に短冊を飾りますが、この短冊の風習は江戸時代から始まった日本独特の行事のようです。

今も短冊に願い事を書き、笹に吊るし、願いが叶うよう祈りを捧げるといった行事が、日本で定着しています。

ちなみに、日本では織女と牽牛の2つの星が、蚕織(まゆおり)と耕作を司ることから機物(つもの)、種物(たなつもの)の言葉が「たなばた」となったといわれています。

 

また、通常の七夕は7月7日に行われますが、旧暦とよばれる8月の頃に七夕行事が行われる所も多いようです。

七夕にまつわる行事は、通常の7月7日に行われる場合と、旧暦にそった暦で行われる場合があります。

旧暦についてはコチラの詳細をどうぞ。
>>七夕の旧暦 2018年!旧暦の七夕の日がひと目で分かる早見表

 

若干、中国と日本では七夕の認識がずれているかもしれませんが、中国本来の七夕の伝説もこれからの子供たちにも伝えていきたいですよね。

 

まとめ

七夕の伝説は、中国の織女が牽牛のことを思い過ぎることで何も手につかないようになり、引き離され、牽牛が織女に会いたいという強い願いを短冊に綴り、年に1度だけ再会できるようになった、というロマンでした。

七夕の行事は、今もいろんな国で行われ、それぞれ趣ある七夕行事を楽しめたらいいですね!

 



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